1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
  08 ,2017

シングルジャケット
プロフィール

エルヴィス猫

Author:エルヴィス猫
FC2ブログへようこそ!
還暦を過ぎた親父が作ったブログです。10代の頃から、
自称エルヴィス「命」の大ファンで、その熱い想いはいまだ冷めておりません。このブログで通じて皆さんと楽しく交流が出来ればいいな~と思っています。

ブログランキング
ブログランキングに参加しています。ポチしてくれたらとっても嬉しいです
1800カウンター
アクセスカウンター
Today:

Yesterday:


出会いデリヘル出会い系出会いクレジット 現金化
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
足利市
ブロとも申請フォーム
フリーエリア
検索フォーム
QRコード
QRコード
--

Category: スポンサー広告

Tags: ---

 

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

03

Category: pops

Tags: ---

Comment: 2  Trackback: 0

ごめんなさい・・・・ブレンダ・リー
 1960年代コニー・フランシスと人気を2分した人気歌手ブレンダは1956年12歳でデッカ・レコード・デビューを飾った。これは当時としてはポップス界として史上最年少の歌手である。
因みに彼女の生年月日は1944年12月11日である。
brenda lee BrendaLee.jpg
(エルヴィスと一緒に写っているのが、少女時代のブレンダ・リーであります。)

 この曲の作者はロカビリー・シンガーだった、ロニー・セルフの作品である。彼はコロンビア時代に激情型のロカビリー・ナンバー<Bop A Lena>の一発ヒットを放ったが、これが彼の歌手としての全てだった。
人気歌手を夢見てレコード会社を巡ってみたが、一向に芽が出なくその夢は潰えてしまった。

 が、どっこい神はロニーを見捨てていなかった。彼は「Sweet Nothin’」をブレンダに贈ったところ、これが全米4位の大ヒットになり、ブレンダは一躍人気歌手の仲間入りができ、作者ロニーの名も全米中に知れ渡ることになった。

そして、ロニーは前作に引き続き<ごめんなさい>をブレンダに提供したところ、1960年7月18日付彼女初の全米1位に輝いた。
この曲は大人の失恋を歌った作品であるために、レコード会社が憂慮していたが、レコーディングして発売したところこの大ヒットである。<案ずるより産むが易し>とはこのことであろう。

また、うだつのあがらなかったロカビリー・シンガー<ロニー・セルフ>が最も輝いた時期でもある。
わが世の春を満喫していたことであろう。

 蛇足であるが、ビルボード誌はブレンダのこと「・・・カントリーでなくポップスでも成功するであろう」と期待したコメント述べている。まさにこのコメントは見事に的中した。

スポンサーサイト

Comments

大人の女性
ブレンダ・リーの私の思いでは、ロカビリーを歌っていた彼女の姿が思い浮かびます。
「ダイマナイト」が好きな曲でした。
女の子なのに、パンチの効いた大人が歌うよう歌い方に感銘を受けていたよう気がします。
「愛の賛歌」も忘れられない曲の一つです。
ごめんなさい
「愛の賛歌」は猫も好きな歌です。
ブレンダ・リーが来日した時、楽屋まで押しかけてサインを頂きました。若かったですね、その時は20前だと思います。
ブレンダは困惑していたようですが、何故か付き添いの女性が感じが良かった印象が残っています。

そのサインは引っ越しで行方不明になってしまいましたが^^

Leave a Comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。