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  01 ,2010

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エルヴィス猫

Author:エルヴィス猫
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還暦を過ぎた親父が作ったブログです。10代の頃から、
自称エルヴィス「命」の大ファンで、その熱い想いはいまだ冷めておりません。このブログで通じて皆さんと楽しく交流が出来ればいいな~と思っています。

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28

Category: ロックン・ロール

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ジニー・ジニー・ジニー・・・エディ・コクラン
816.jpg エディ



幼い頃からギターに親しんでいたコクランは16歳でプロのギタリストになりました。
1955年ナシュビルでエルヴィスのステージを見たコクランは大きい衝撃を受け、それまでの音楽ヒルビリーから最新の音楽ロカビリーに変えました。なんか、バディ・ホリーに似ているというか、カントリーシンガーがエルヴィスを見てロカビリーに変更した歌手は多いです。偉大なるエルヴィス!!

 エディはソロになる前、同姓のハンク・コクランと<コクラン・ブラザーズ>を結成します。
だが、ハンクは自分がロックには向いていないと感じ始め、エディとの間に溝が出来、1956年エディのソロ・デビュー・シングル盤<スキニー・ジム>を出して、ハンクと決別することになった。

 初シングル<スキニー・ジム>はヒットしませんでしたが、18歳になった時、ロックン・ロール映画<女はそれを我慢できない>なんとも意味深なタイトルですが、この中で<Twenty Flight Rock>うたってエディは人気を得て、1957年大手のリバティ・レコードに移籍し、デビュー曲の<バルコニーに座って>が大ヒットし人気を決定付けました。そして、彼の最高傑作<Summertime Blues>の大ヒットに繋がる訳ですが・・

 さて、今日の一曲はチャート的には94位と振るいませんでしたが、猫的には彼の<ジニー・ジニー・ジニー>が一番好きです。<Something Else>も抜群にカッコいいロックン・ロールですが<20代のころはこれが一番好きだった)。でも、<ジニー・ジニー・ジニー>を聴いたらこっちのほうが全然良くなってしまった。間奏のギタープレイが好きなんです。うまく表現は出来ませんが、エディのギタープレイが光る一曲であります。

 でも発売当時はイギリスではヒットしませんでした。アメリカ以上にロカビリーの盛んなお国柄だけにね^^。でも死後一年たったら見事ヒット(#31)しました。
 この曲は日本では<ブラック・キャッツ>がカバーしていますが、youtubeで観た限り、なんだか怒鳴っているように思われる。そして、ストレイ・キャッツも当然ながらカバーしています。
 オリジナルを超えるって事は大変な難事業だと思った次第。

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Category: ロックン・ロール

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のっぽのサリー・・・リトル・リチャード
Little-Richard-Heres-Little-Rich-464883.jpglittle_richard-beatles.jpg

 
リチャードのヒット曲には女性名の曲があるのが特徴だ。
<アン><モーリー><ルシール><ジェニ>、そして<サリー>。

アンはMiss Ann(# 56)、モーリーはGood Golly Miss Molly(# 10)、ルシールはLucille(# 21)
ジェニはJenny Jenny(# 10)、サリーはLong Tall Sally(# 6)
こうやってヒットチャートを見ると、ルシールが21位とは意外だった。もっと高ランキングされていたと思っていた。

 <のっぽのサリー)のネーミングは最高だ。誰が名付けたか知らないが、とってもセンスあるネーミングだ。彼のヒット曲に<Ooh!My Soul #31>があるが、日本語タイトルは<あたしゃカックン>だよ。もう、このタイトルには脱帽したね。なんという素晴らしいネーミングなんだと!

 さて、<のっぽのサリー>は1956年2月10日に録音され、彼のヒット曲の中では最高ランクの曲だ。
激しいリズム、そしてあくの強い歌い方の相乗効果で稀にみる音圧が高いロックン・ロールに仕上がっている。猫はこのような問答無用の歌い方するロックン・ロールが大好きで大好きで、一時はこんな曲ばかり好んで聴いていた時期があった。今でもその傾向が残っているが・・・

 また彼の曲作りの特徴にイントロなしでいきなり歌いだす曲がある。
デビュー曲の<Tutti Frutti><Ready Teddy><Rip It Up><Send Me Some Lovin’>がそうだが、<のっぽのサリー>も典型的なイントロなしで、歌いだす作品だ。

この作品は多くのロックン・ローラに人気があって、多数のカバー・バージョンが生まれている。
でもヒットしたのはなぜか気の抜けたロックン・ロールを歌った、パット・ブーンのカバー盤のみで全米8位とヒットした。ロックン・ローラーではない歌手が、ロックン・ロールの曲をヒットさせ、エルヴィス等のロックン・ローラーの歌がヒットしなかった。可笑しなものである。

この作品は当然ながら男性歌手が多いが、女性シンガーにも人気の高い曲で、<クイーン・オブ・ロカビリー>のワンダ・ジャクソン盤が有名だが、マイナーながらコレクターズ・アイテムになっているレコードがある。それは、バーバラ・グリーンが歌う<のっぽのサリー>は文句なしにカッコイイ!

 でもこの作品を有名にしたのは、ザ・ビートルズのカバー盤がわが国で人気を博しヒットした。
ポールの迫力ある歌い方は、リチャードの影響を思わせることを証明している。
 古い話で恐縮だが、<ザ・ヒット・パレード>で木の実ナナが歌った<のっぽのサリー>はカッコよかったです。

 ちなみに<You Really Got Me>のヒットを持つキンクスのデビュー盤は<のっぽのサリー>だった。


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Category: pops

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ザ・シェパード・シスターズ・・・・シェーナ・シェーナ
 姉妹4人組のグループですが、詳しい経歴はわかりませんが、1954年<Love’s Not A Dream/ I’ll Be There>でデビューしました。彼女らの最大のヒット曲は1960年にリースした<Alone>がビルボード・ホット100の18位にランクされました。
1131858.jpg シェーナ・シェーナ

 でも、日本では彼女らの歌がヒットしたのは<Alone>ではなく、伊藤アイ子、飯田久彦さんがカバーした、<シェーナ、シェーナ>でしょう。この曲は1961年にリリースされましたが、本国アメリカではヒットしなかった模様です。猫は伊藤アイ子さんの歌のほうが印象に残っています。
 曲の感じは中近東をイメージしたアップテンポな雰囲気の作品に仕上がっています。
ジャケットを見ても何となくそんな雰囲気を醸し出しています。
このレコードリリースしたお陰で一瞬ですが、<シェパード・シスターズ>の名は知れたと思いますが・・

彼女らの写真を見ればお分かりいただけると思いますが、1960年代の所謂キャピキャピの可愛い子ちゃんガール・グループではありませんので、あまり期待しないほうがいいと思います。なんてたってデビュー年が1954年のデビューですから。
 

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Category: ロックン・ロール

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Heartbreak Hotel・・・・Elvis Presley
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サン・レコードから大手のレコード会社RCAに移籍した、エルヴィスは1956年1月10日RCAスタジオで、レイ・チャールズのI Got A Womanの次2曲目に<Heartbreak Hotel>録音した。
そのほかにこの日に録音したのは<Money Honey><I'm Counting On You><I Was The One>の計5曲。
439455-6297-6-16986-pc.jpg honey_2.jpg 


 この作品の経緯はフロリダ州の新聞にある自殺した男性の遺書に綴ってあった<I walk lonely street>を元に歌詞を作ったと言われている。

当時、RCAの首脳陣たちはサン・レコードのような独特の残響音を作りだす方法を知らなかったので、
<Heartbreak Hotel>は音がよく響く廊下で録音した。
 サン・レコードは単にディレイをかけていただけの録音技術だった。

ディレイとは「遅らせる」という意味で。音楽的には楽器の音を時間的に遅らせて再生するエフェクターを指します。RCAはリバーブ(残響音)かけて録音したらしいです。
このときのプロデューサーのスティーブ・ショールズは首脳人たちから、この歌はヒットしないということを聞いていたので相当プレッシャーがあったという。ヒットしない理由は<サン・レコードの音>ではないということでした。いかにこの当時の首脳は<サン・サウンド>に拘っていたか物語っています。

 そして、いよいよ、1956年1月27日に<! Was The One>をB面にして発売した<Heartbreak Hotel>は、2月11日にトミー・ドーシーとジミー・ドーシー・ショーの番組<ステージ・ショー>で披露され大きな反響を呼んだ。その結果、4月25日にビルボード・チャートにエルヴィス初の全米1位(8週間)に輝いた。また、このレコードは1956年年間1位になった記念すべきレコードである。

 この曲の反響はイギリスにも飛び火し、多くのミュージシャンに影響を与えたが、特に大きな影響を受けたのが、<ザ・ビートルズ>である。
ジョン・レノンは・・・エルヴィスがいなかったらビートルズは誕生していなかっただろうと・・エルヴィス出現の衝撃の大きさを物語っている。

突然ですが、ミーナのヒット曲<月影のナポリ>もエルヴィスがいなかったら作れなかったかも知れないね。

 1956年境にアメリカン・ポップス界はエルヴィスを中心に回るようになる。
影響された歌手は数知れない。エディ・コクラン、ジャック・スコット、バディ・ホリー、コンウェイ・トゥエッティなどロックン・ロール草創期の歌手たちに計り知れない多大な影響を与えた。

              今日1月8日はエルヴィス生誕75周年になります。

05

Category: R&B

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カンサス・シティ・・・・ウィルバート・ハリソン
 彼は1929年1月6日ナースカロライナ州シャーロッテの出身で大家族(28人)生まれ。
WilbertHarrison-thumb.jpgwil.jpg

<カンサス・シティ>は、エルヴィス・プレスリー、ザ・コースターズ、ザ・ドリフターズなどに多くの作品を提供した、ジェリー・レイバーとマイク・ストラーの最強コンビの初期の作品である。
オリジナルはリトル・ウィリー・リトルフィート1952年の作品。

 最初のタイトルは<K・C Loving>でリリースしたが、全く反応がなくヒットしなかった。
それから、7年後にやっと陽の目を見ることになる。
それは、その当時まったく無名のシンガーだった、ウィルバートによって1959年フューリー・レコードで<カンサス・シティ>で発売したら、予想外の反響で同年5月18日、25とビルボード2週間1位に輝いた。R&B部門では7週間1位になっている。

 曲の感じはゆったりとしたテンポで進んでいく。ただ、ギター・サウンドはブルーズ色濃いサウンドで覚えやすい曲に仕上がっている。
この作品は人気があり、リトル・リチャード、ブレンダー・リー、ディオンなどの多くの歌手によってカバーされている。

 この作品をなおいっそう有名にしたのが、ザ・ビートルズで1964年にリリースした<Beatles For Sale>アルバムの中の一曲で、リトル・リチャードの<ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ>とメロディーで演奏している。
これで、ビートルズによって<カンサス・シティ>はロックン・ロール不朽の名作と昇進?してしまった。

 尚、この<ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ>でリトル・リチャードは作曲者として多額の印税を手にした。
まさに、ビートルズ様様である。

 余談だが1969年ウィルバート・ハリソンが<Let’s Stick Together>をリリースし、1970年全米17位に入る久々のヒットを放った。この曲はキャンド・ヒート、ブライアン・フェリーがカバーヒットさせている。

01

Category: Blues

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Reconsider Baby・・・・Elvis Presley
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エルヴィス・プレスリーが白人として初めてブルースを歌った歌手である。
 編曲家のネルソン・りドルは「エルヴィスのブルースは当代一流のブルース」と絶賛している。
数あるエルヴィスのブルーズ・ナンバーの極上の曲はなんと言っても「RECONSIDER BABY」であるし、
また、このブルーズ・ナンバーこそ白人ブルーズ・ソングの中でも最高峰の作品でもあると猫は信じている。
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 凄みのある大胆不敵に歌うエルヴィスは、ロックン・ローラーとしてのエルヴィスではなく、ブルーズ・シンガーとしてのエルヴィスだ。除隊後、最初のアルバム「ELVIS IS BACK」の中の一曲である「考えなおして」はこのアルバムのハイライト作品だ。この曲あってこのアルバムの価値があると思っている。正にこの曲こそエルヴィスの真骨頂である。

 前曲のブルーズ・ナンバーの<LIKE A BABY>でも素晴らしいサックスを聴かせてくれているブーツ・ランドルフが、このナンバーでも冴えわたったサックス・プレイを演奏している。この作品全体を盛り上げている陰の功労者でもある。この演奏なくして<考えなおして>は色あせてみえてくる。
 彼はボサノバ・ベイビーB面の<恋の魔術>でも素晴らしい演奏を披露している。

 エルヴィスは除隊後、彼の声の音域幅が拡がっているのに気がついたろうか?
<IT’S NOW OR NEVER>の声量豊かな音域に驚いたファンもいると思う。
これは彼がヴォイス・トレーニングを練習した賜物である。

 エルヴィスは自分の声の音域に悩んでいたという。でも<世界のエルヴィス>である彼はそのこと誰にも言えなかった。彼が軍隊時代の友人チャーリー・ホッジに悩みを打ち明けたところ、彼がその悩みを救ってくれたのである。彼の下でトレーニングを重ねた結果、音域が2オクターブから2オクターブ半まで拡がったという。その成果が<IT’S NOW OR NEVER>に於いてエルヴィスの声量豊かな歌声を披露してくれている。
 それでその延長線上で<考えなおして>で素晴らしい歌声を聴けることになるのです。

♪ Well so long  Oh how I hate to see you go・・・この出だしのフレーズから思わず唸ってしまうし、痺れちゃう~^^

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