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  10 ,2009

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エルヴィス猫

Author:エルヴィス猫
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還暦を過ぎた親父が作ったブログです。10代の頃から、
自称エルヴィス「命」の大ファンで、その熱い想いはいまだ冷めておりません。このブログで通じて皆さんと楽しく交流が出来ればいいな~と思っています。

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Category: インストメンタル

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レッド・リバー・ロック・・・・・ジョニー・アンド・ザ・ハリケーンズ
インストルメンタル・ロック・ファンの間では、今でも根強い人気を保っているグループが、ジョニー・アンド・ザ・ハリケーズだ。彼らグループは初期のロック・インストルメンタル・グループの代表的なグループである。
ジョニーとハリケーンズ


このグループの特色は当時としては珍しい、ハモンド・オルガンをフィーチャーしている事だ。
その当時のリード楽器はギターかサックスと相場が決まっていた。バンマスのジョニーだってサックスを吹いていたんだから。

 彼らグループのデビューは1959年ワーウィック・レコードから発売した<クロスファイア>が、HOT10023位にランクされ幸先のよいヒットを放った。そして、「今日の一曲」の<レッド・リバー・ロック>は、トラディッショナル・ナンバーの<レッド・リバー・バリー>をロックン・ロール・バージョンにアレンジしたところ1959年9月7日付で5位の大ヒットを放った。
red river rock

この作品はサックスとハモンド・オルガンが融合した素晴らしい演奏を聴かしてくれる。
ハモンド・オルガンがフィーチャーしてヒットに繋がったと思うし、ある種の<サプライズ>を期待しての作品だね。


 グループは1961年までに9曲のヒットを放つが、ベスト10内のヒットはこの一曲しかない。
1961年の<Ja-Da>を最後にヒット・チャートから消えている。

でも彼らの残した聴いていて非常に耳障りのよい心地よく聴ける<レッド・リバー・ロック>は、我々オールディーズ・ファンの消え失せる事のない永遠の名曲だ。

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Category: pops

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ダイアナ・・・・ポール・アンカ
ビルボード年間トップ100ヒッツ(フレッド・ロビンソン 著)によると、世界的大ヒットになった<ダイアナ>は1957年度年間ランキング16位にランクされている。オヤッと思った人もいる事だと思いますし猫もその一人です。
ダイアナ


この歌はポール15才時の作品で5才年上の女性<ダイアナ・エイユープ>の想いを歌った片思いの曲です。
資料によると二つの説がありまして、その一つはポールの弟妹のベビー・シッターだったの説と、ポールが故郷カナダの教会で出会った説です。どっちが真相なのか分かりませんが、猫の判断では後者の方ですね。なんか雰囲気がいですね~

 いつも感じている事は、猫が英語に堪能ならもっと詳しく説明できるのにと肌身に感じています。
こんなことになるならもっと、学生時代英語を真剣に勉強しておけばよかったと後悔しています。

 さて、猫のたわごとはさておいて、片思いを綴った<ダイアナ>は、ABCパラマウント・レコードに認められ、片思いに終わった恋だったが、それに引き換えポールは「栄誉」と「スター」を獲得した。
それに、全米1位になった時は16才でこの時点で最年少1位獲得者になった。この記録は3年後ブレンダ・リーに抜かれるが。

 また、<ダイアナ>が1位になった時は1957年9月9日で僅か1週間のみのトップだった説と、2位を5週間という説がある。どっちが真相なのか分からないが、猫は心情的に前者を取りたいね。
ロックン・ロールが広まってまだ2年目でもあり、ヒット・チャートのランク付けの記録もまちまちだったと思います。
猫は全米のヒット・チャート・ランキングは<フレッド・ロビンソン 著>の<ビルボード・ナンバー・1ヒット>を参考にしています。

<ダイアナ>の前のトップはデビー・レイノルズの<タミー>で続けて人名がトップになった珍しい記録になりました。1957年以後の6年間世界20各国以上、300種類以上のカバー・バージョンが作られ歌われた。

日本では平尾昌章、山下敬二郎、清野太郎の競作盤になりましたが、一番有名になったのが山下盤でした。

 ここで、一つ<ダイアナ>のエピソードを。
ドン・コスタが「ねぇ、ポールもう1曲こうグーッとくるのが欲しいね」とポールに言ったら、ポールが「分かりました先生ちょっと待ってください」とコスタに断ってホテルで書き上げたのが<ダイアナ>だというのだが、果たして真相は・・これ如何に。

 ポール・アンカは1958年に初来日を果たした事もあって、当時のラジオ人気番組の「ユアー・ヒット・パレード」で1位から3位までポールの曲で占めました。尚、1位は<きみは我がさだめ>2位<ダイアナ>3位は<クレイジー・ラブ>で、まさに日本での黄金時代?を迎えましたが、おふざけが過ぎて彼の評判が下がりました。

ポール・アンカはロカビリー・スターではありません。ボーカル志向の歌手であります。この事はニール・セダカにも言えます。

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Category: pops

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ユア・オンリー・ロンリー・・・・J.D.サウザー
本名<ジョナサン・ディヴィッド・サウザー>といい、また彼は「6人目のイーグルス」と呼ばれた。「ユア・オンリー・ロンリー」はAORに通じる大人の歌作りになっている。
彼は決してヒットを意識するような歌手でもないと思う。その証拠にこの曲が唯一のヒット曲であるし、彼も俗言う<ワン・ヒット・ワンダー>である。

ロイ・オービソンを彷彿させるメロディアスな作品で、聴いていてもなんか心地よい気持ちに誘われる。最初聴いた時、これはロイ・オービソンの名曲「オンリー・ザ・ロンリー」を意識して作ったと思った。1979年12月22日付で全米7位の彼一世一代の大ヒット曲だ。
ユア・オンリー・ロンリーJPG


でも、今思い返してなぜこのレコードを買った記憶がない。なんだろう?
というか、買った動機を思い出せない。ラジオから聴いて買ったのだろうか?

今回の「一曲」はオールディーズと言うには新しいですが、この曲が60年代風の作品だという事で取り上げました。そこで、これからそのような50年代、60年代の雰囲気を持った作品を取り上げたいと考えています。

例えば・・・バン・へーレン「オー・プリティ・ウーマン」「ユー・リアリー・ゴット・ミー」、カトリーナ・アンド・ザ・ウェイブス「イズ・ザット・イット」、ブライアン・フェリー「レッツ・スティック・トゥゲザー」、モット・ザ・フープル「ロックン・ロール黄金時代」、クイーン「愛という名の欲望」、レッド・ツェッペリン「ロックン・ロール」、トゥイステッド・シスター「リーダー・オブ・ザ・パック」、モトリー・クルー「スモーキン・イン・ザ・ボーイズ・ルーム」等の50年代,60年代のカバーおよび、それらの時代を彷彿させる作品も取り上げたいと思っていますので、オールディーズというジャンルを逸脱する事もあると思いますが、そこは優しく見守っていただきたいとお願いします。

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Category: ロックン・ロール

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リトル・ホンダ・・・・・ザ・ビーチ・ボーイズ
何故シングル盤でリリースしなかったのだろう?リリースしていればトップテン間違いないご機嫌なホット・ロッド・ナンバーである。

最初に聴いたのがアルバム「The Best of The Beach Boys」だった。
全14曲入りの曲で構成していて「リトル・ホンダ」はA面の1曲目に入っていた。
「Go」の掛け声で始まるこの曲を何回聴いても飽きないんだよね
尚、このアルバムは初期のビーチ・ボーイズを知るにはもってこいのアルバムだ。
little honda

モデルになったホンダのバイクは「HONDA CA100」モデルの50ccバイク、早い話<スーパー・カブ>です。このバイクは猫が中学生の頃人気がありまして、殆どの50ccバイクはこのバイクが走っていた記憶があります。
217.jpg

昔(昭和30年代初期あたり)は原付免許を取るには申請だけでOKだったらしく、今から思うといい時代でしたね。猫はお馬鹿でしたから、鮫洲で試験に受けて見事落ちました^^当然、再挑戦して見事合格しましたが・・・免許が取れないと出前が出来ないもんで。

さて、この曲はアメリカではシングル盤で発売されないで、4曲入りコンパクト盤<Four By The Beach Boys>が1964年9月21日に発売され、US#44位にランキングされました。
元々、この曲はアルバム<ALL SUMMER LONG>の1曲でした。
200px-AllSummerLongCover.jpg


日本ではシングル盤として発売、当時人気のあったラジオ番組「9500万人のポピュラーリクエスト」で1965年1月15日付ピーク・ポジション6位に輝いています。結構人気があったんですね。「リトル・ホンダ」がチャートから消えて「ダンス・ダンス・ダンス」がチャート・インしています。

この曲がシングル盤で発売されないと知ったかどうか分からないけど?ゲイリー・アッシャーが泡沫グループ<ザ・ホンデルス>というグループをでっちあげ、シングル盤にしたところ全米9位の大ヒット曲になりました。
何故か、パット・ブーンもこの曲をカバーしています。なんだかね^^

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Category: pops

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アイ・ウィル・フォロー・ヒム・・・・リトル・ペギー・マーチ
1957年<Diana>が全米1位になった時、ポール・アンカは16才と1カ月だった。それから3年後の1960年<I’m Sorry・・ごめんなさい>が1位になった時のブレンダ・リーは15才7カ月でポール・アンカの記録を破った。
それから、3年後1963年ペンシルヴァニア州出身のリトル・ペギー・マーチに取って代われてしまった。
彼女のデビュー曲「I Will Follow Him」が全米1位になった時は、彼女はまだ15才1カ月なったばかりだった。これで、ブレンダ―・リーの記録を破り、これで全米1位を獲った最年少者になった。でもこの記録も、リトル・スティーヴィー・ワンダーに最年少の座を譲ってしまう。当時彼は13才3カ月だった。

彼女のデビューのキッカケは、12才ころいとこの結婚式に歌ったところ、その場に偶然家族の知り合いのRCAレコードの関係者の目にとまり、オーデションを受けて見事合格しデビューを果たしたのです。人間どこに運が転がっているか分かりませんね。芸名のペギー・マーチの“マーチ”は彼女の誕生日が3月だという理由です。
I will follow him


この曲は元々イギリス、ヨーロッパでペトゥラー・クラークが「愛のシャリオ」でヒットさせていた曲を,英詩に訳し、歌わせたもので、発売したらあっという間に全米1位になったというラッキーなデビュー曲であった。でも幸運なデビューした彼女の人気は一年ちょっとで長続きしませんでした。結局彼女のヒット曲は5曲でした。

1964年以降は活動の場を日本に求め日本語で「霧の中の少女・・・オリジナルは久保浩」「可愛いマリア」「夢みる17才」をヒットさせた。猫もTVで観ましたがとっても可愛かったです。

曲の詞の意味は凄いよ。一途過ぎてストーカーまがいの詞の内容です。
訳した詩の一部をみると
♪どこまでも彼の行くところ 
私はついて行く ついて行く ついて行く
いつまでも 私は彼を愛している 
彼を愛している 愛している 愛している
どこでも彼が行くところ 
私はついて行く ついて行く ついて行く

このような繰り返しの歌ですし、少女らしい一途なラブソングですが、猫はこのような彼女についていけません。
皆さんは如何ですが・・

猫の好きな曲は「Boy Crazy」です。ガールズ・ポップ・ソングの中でもいい線にいっていると思います。

ところで、このレコードの組み合わせに疑問があります。B面用の曲はレコーディングしていなかったのでしょうか?
B面はサム・クックの「こんどの土曜日に恋人を」なっていますが?RCAサイド側で何か意図があったのでしょうかね。

この曲は下記の歌手によってカバーされています。でも<そよ風に恋して>のタイトルはどこから名付けたのでしょうか。訳詞を見る限りそよ風の{そ}の字も有りませんが・・・まぁ、いいっか^^
ビッキーそよ風に恋してq

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Category: Blues

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ブルーズ大好き
あの~猫はブルーズは詳しくありません。唯好きなだけですので、間違っている事を書いているかもしれませんが、その辺はご勘弁を^^では・・・

1920年マミー・スミスが吹き込んだ<That Thing Called love>が初めてのブルーズ・レコードと言われています。
エルヴィス・プレスリーの「That’s All Right・・・アーサー・クリューダップ」、「Milkcow Blues Boogie・・・ココモ・アーノルド」「Baby Let’s Play House・・・アーサー・ガンター」は元々はブルーズ・ナンバーであります。
彼の代表作「Hound Dog」のオリジナルはコテコテのブルーズですから。
ブルーズ・ナンバーをロカビリーにアレンジした作品は結構ありますが、代表的なものではカール・パーキンズの「Matchbox」は盲目のブルーズメン<ブラインド・レモン・ジェファースンの「Matchbox Blues」がオリジナルです。
これはスティーブ・レイ・ボーンもカバーしています。

1960年代の中ごろに白人のブルーズ・バンドが現れてきて、今まで表面にで来なかったブルーズ・メンの再発見が起こりました。それまではブルーズは本家のアメリカよりイギリスの方が熱心でした。アメリカではブルーズの事<レイス・ミュージック>と言われ、黒人(カラード)向けに製作されたレコードを指します。でもそんなことに関係ないイギリスではブルーズの父と言われる<アレクシス・コーナー>を中心としたブルーズメンが腕を競いあっていました。
教え子には<ジャック・ブルース><チャーリー・ワッツ>などがいた。ストーンズのミック・ジャガー、ブライアン・ジョンーズなどもコーナーに触発されグループ結成に繋がった。

そうした、イギリスのブルーズがアメリカに逆輸入されて、白人のブルーズ・バンド<ポール・バターフィールド・ブルーズ・バンド>がデビューした。このメンバーは黒人二人がメンバーにいることで話題になった。このころのアメリカはまだ人種差別が公然とまかり通っていた時期である最中を考えると、勇気があるバンドだと思う。

でも考えるとブルーズはエルヴィスがもうデビュー当時から歌っているんだよ。猫は何を今さらって感じだけどね。
エルヴィスの「ELVIS IS BACK」の中でロウエル・フルスンの「Reconsider Baby」をカバーしている。
これは、白人では最高峰のブルーズ・ナンバーの作品だと思っている。ブーツ・ランドルフ最高だね。

猫は個人的に好きなブルーズメンはスライド・ギターの名手<エルモア・ジェームス>、豪快な<フレディ・キング>、フライング・Vの<アルバート・キング>やマジック・サム、バディ・ガイ、オーティス・ラッシュなど。
白人ではスティーブ・レイ・ボーン、ジョニー・ウィンター、ゲイリー・ムーアー。そう、ムーアーの「Still Got The Blues」は最高です。クラプトンはあまり・・・・ではありません。あっそうそう、大事なグループを忘れていました。ピーター・グリーンの<フリートウッド・マック>も好きなバンドです。ジェレミー・スペンサーがエルモア風にスライド・ギターが冴えわたっています。このグループのアルバムとCDは買い揃えました。

ところで今でも人気のあるロバート・ジョンソンンの「Sweet Home Chicago」の元歌はココモ・アーノルドの「Old Original Kokomo Blues」です。ユーチューブでバディ・ガイの映像がありますがいいですね。ノリノリで気持ち迄がウキウキして気持ちいです。

好きな曲は沢山ありますが、特にお気に入りは・・
オーティス・ラッシュ「I Can’t Quit You Baby」「All Your Love」
アルバート・キング「Born Under Bad Sign」「Oh,Pretty Woman」
ジョニー・ウィンター「Mojo Boogie」などです。

ホンの一部ですが、コレクションからアルバム・ジャケットを紹介します。
P1010613.jpgP1010704.jpgP1010705.jpgP1010706.jpgP1010707.jpgP1010709.jpg

Old Original Kokomo Blues
SweetHome Chicago

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Category: ロックン・ロール

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Jenny Take A Ride(ジェニ・ジェニ・No2)・・ミッチ・ライダー&デトロイト・ホイールズ
ミッチー・ライダー& デトロイト・ホイールズはその名の通りデトロイト出身のグループで当初はビートルズのコピーバンドとして活動していたが、その後R&B濃いロック・バンドの変貌していった。
また、このでトロイトは出資金800ドルで創立したモータウン・レコード会社がある町でもある。

1965年ごろ<ダイアン・リネイ>や<フォー・シーズンズ>のプロデューサーでもあるボブ・クリューの目にとまり、ボブの
設立した「ニュー・ヴォイス、・レコード」で、デビュー・シングル「I Need Hope」をりりースするが不発に終わった。しかし、1966年1月29日付でセカンド・シングルの「ジェニ・ジェニ・No2」が最高位の全米10位の大ヒットを放った。
CCライダーA

この曲はチャック・ウィリスの「」CC Rider」とリトル・リチャードの「Jenny Jenny」の2曲が組み合わさったもので、正にオートバイが轟音をかき鳴らして疾走感ある作品になっているし、ブラック・フィーリングを醸し出すロックン・ロールで、聞いていて非常に気持ちいい。畳みかけるようなサウンドでストレス発散にはもってこいのレコードだ。

ミッチー・ライダーを初めて聴いた時は、黒人かと思うほどのソウルフルな歌い方をしていると感じたので、このような歌い方をRock’n’ Soulと言うんだろうか?

このような2曲組み合わせた代表曲と言えば、1966年全米4位の大ヒット曲の「悪魔とモーリー」に尽きる。
この曲はショーティ・ロングの「Devil With A Blue Dress On」とリトル・リチャードの「Good Golly Miss Molly」の組み合わせだ。両方の共通点にリトル・リチャードの曲が絡んでいる。もしかすると、ミッチーはリトル・リチャードのフリークかな。このような曲を選定するセンスもいいよね。
悪魔とモーリーq


このようなメロディー形式にもう1曲ザ・マーベレッツのヒット曲「Too Many Fish In The Sea」と、童謡の「Three Little
Fishes」の組み合わせた「Too Many Fish in the Sea And Three Little Fishes・…海には魚が多すぎる」のヒットがあります。

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