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  05 ,2017

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エルヴィス猫

Author:エルヴィス猫
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還暦を過ぎた親父が作ったブログです。10代の頃から、
自称エルヴィス「命」の大ファンで、その熱い想いはいまだ冷めておりません。このブログで通じて皆さんと楽しく交流が出来ればいいな~と思っています。

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That'll Be The Day・・・バディ・ホリー
無題
 バディ・ホリーはいつか書かなきゃと思っていましたが、あまりにも偉大すぎるのと、彼の事を研究している人が多いため遠慮していました。でも、バディ・ホリーの事は避けて通れないのは分かっていたので、恥を忍んで書かせてもらいます。
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 ザ・ビートルズはバディ・ホリーの<ワーズ・オブ・ラブ>しかカバーしていません。その理由は<バディ・ホリーの事を尊敬の念表わすために敢えてカバーしない>ことに決めたそうです。このことはエルヴィス・プレスリーも同様な理由で一曲も公式録音していません。

 ジョン・レノンは若いころ眼鏡をかけるのを嫌っていましたが、バディを見て<眼鏡をかけたロックン・ローラー> だったので、ジョンもかけるようになりました。蛇足ですがもう一人眼鏡をかけたロックン・ローラーがいますが?さて誰でしょうか?オールディズ・ファンなら誰でも知っているよね。

 バディ・ホリーはノーマン・ぺティに見出され、デッカ・レコードからデビューし才能を開花させました。
後にブラウンズウィックからバディ・ホリー・アンド・ザ・クリケッツのグループ名で<That’ll Be The Day>でデビューし、一週間だけでしたが見事全米1位に輝きました。

 この曲の作ったキッカケはジョン・ウェイン主演映画<ザ・サーチャーズ>を観たバディがジョン・ウェインが何回も繰り返し言った(that’ll be the day)がヒントになったそうです。
 イギリスのビート・グループ<ザ・サーチャーズ>は、この映画のタイトルをグループ名にしたのです。

この作品はなんと言っても語尾をシャックリ上げる<ヒーカップ唱法>が際立っています。この曲がヒットした1957年はまだロカビリーが盛んでしたので、ロカビリーの曲として最高の作品だと思う。

 エピソードとして、<バディ・ホリー・アンド・ザ・クリケッツ>は黒人と間違えられて、その当時黒人専用の殿堂として知られているミュージアム、アポロ・シアターのプロモーターが出演依頼しましたが、初めて彼らを観て慌てたと思います。だがすでに時遅くステージにそのまま上げるしかなかった。彼らは白人として最初の出演者となりました。エルヴィスも黒人だと勘違いされていた。 

 因みにバディは元々カントリーを演奏していたが、地元にエルヴィスの公演があって、それを観たバディがエルヴィスに影響され、ロカビリーを歌うようになったと聞く。

 映画<アメリカン・グラフティ>の中で飛行機事故で亡くなったバディを讃えて(バディ・ホリーが死んで、ロックン・ロールが終わった)というセリフが耳に残っています。
あ~偉大なるロックン・ローラー、バディ・ホリー。

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Drugstore Rock And Roll・・・・・Janis Martin
 ジャニス・マーティンの本名はジャニス・ダーレン・マーティンといい、1940年3月27日バージニア州生まれ。
彼女は1950年代中頃に急速に人気の出てきた新しい音楽、ビート感溢れる<ロカビリー>は主に男性歌手によって占められていたが、彼女は数少ないロッキン・カントリー・ギャルとして、草創期の女性ロカビリー歌手の先駆者であった。そのころは女エルヴィスと呼ばれていた。
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 彼女のデビューは16歳の時RCAに於いて<Will You Willyum/Drugstore Rock And Roll>吹き込み
<Will You Willyum>がポップ・チャート35位のヒットになった。これが彼女のキャリアの中で最大のヒットと唯一のヒットでもある。
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 Capitol Recordsでデビューしたもう一人のロカビリー・カントリー・ギャルのワンダ・ジャクソンがいるが、デビュー時期はどちらが早かったと言えば、ジャニスが1956年4月7日、ワンダは1956年7月21日<I Gotta Know/ Half As Good A Girl>でデビューとなっていますので、ジャニスのほうがワンダよりも3カ月先輩となっていますが、あれから53年経った今殆ど同時期といってもいいでしょうね。

 でも、日本に於いては少々ケバく美人のワンダの方に人気が出て、ジャニスは殆んど無名な存在になってしまった。可哀そうなジャニス。名曲<My Boy Elvis>なんて曲もあるけどほとんど知られることなく無視されてしまった。でも昭和31年8月20日付の78回転レコード(S-263)にエルヴィスの<I Want You I Need You I Love You/ Will You Willyum>として発売されています。これが、唯一日本紹介のレコードかなと思いますが・・・同曲で昭和32年3月ビクターSS-1004盤のシングル盤としてもリリースしています。

 「今日の一曲」の<ドラッグストア・ロックン・ロール>を初めて聴いた時は、ワンダ・ジャクソンを初めて聴いた時もびっくりしたが(声で)、ジャニスの時もビックリしました。ずいぶん威勢のいいネーちゃんだと思ったから。それもそうだよね16歳だもの元気はあるわ。これもヒットしておかしくない曲ですがヒットはしませんでした。この曲を初めて聴いた年は25~6歳あたりだったと思う。新鮮に聴こえました。
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 彼女の中で一番ハードなロカビリーは<All Right Baby>だと思いますが、これがギンギンの疾走感溢れる作品となっています。その他にロイ・オービソンのカバー<Ooby Dooby>,<Bang Bang>,<Billy Boy>などのロカビリー作品があります。

 尚、彼女は10代で妊娠したため<Bang Bang>を最後にRCAから去っています。
彼女はベルギーのPaletteに於いて1960年<Here Today And Gone Tomorrow>で再デビューしています。

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ブルー・スエード・シューズ・・・・カール・パーキンズ
Go Cat Go
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♪But don't you step on my blue suede shoes.
You can do anything but lay off of my blue suede shoes.
でも俺の青いスエードの靴を踏むなよ
なにしてもいいけどおれの青いスエード靴から離れていろよ

♪You can burn my house,
Steal my car,
おれの家を焼いてもいい
俺の車を盗んでもいい

この歌は凄い歌です。可愛い恋人にも「俺の青いスエードの靴を踏むなよ」とか
「俺の家を焼いてもいいから・・でも俺の青いスエードの靴を踏むなよ」とそれほど
青いスエード靴の熱い想いが感じとれる歌です。
 
この歌を作るきっかけは、同じサン・レコードのジョニー・キャッシュが兵役中の食堂で「俺の青いスエード靴を踏むなと」聞いた言葉を、パーキンスにこれをヒントに曲を作ってみたら言われたことからきっかけだそうで、これがクラッシクなロックン・ロール「ブルー・スエード・シューズ」が誕生した次第です。

カールの「ブルー・スエード・シューズ」は、カントリー臭さが感じられる曲作りのロカビリー・サウンドです。ポップス・チャート3位にランクされました。
映像で見る彼のギター演奏はとてもカッコよく見事といいたいです。

彼はチャク・ベリーと同じで歌手でありながら、優れたギター・プレイヤーでもあります。カールに影響されたアーティストは多いですが、中でもビートルズのジョージ・ハリソンはカールに心酔していました。なんてたって「カール・ハリソン」と名のった時期があるとの事。

カール盤と並んで人気があったのはエルヴィス盤で、カール盤よりもカントリー臭さを取り除いて、スピード・アップした軽快なロックン・ロールに仕上がっています。チャート的にはエルヴィス盤は20位でカールに軍配が上がります。

「Blue Suede Shoes」は音楽が滅びない限りロック史に永遠に語り継がれる名曲中の名曲だ。
この曲を創った偉大なカール・パーキンズに敬を表したい.



エルヴィス盤
ブルー・スエード・シューズ

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フジヤマ・ママ・・・・ワンダ・ジャクソン
 「クィーン・オブ・ロカビリー」として、ロカビリーは男の音楽とした中で、数少ない男性と互角のロカビリーを歌えるロカビリー・ウーマン、ワンダ・ジャクソンはオクラホマ生まれ。
彼女は元々カントリー・ギャルだったが、1956年ごろエルヴィスからカントリーを歌っていたワンダにロカビリーを歌うことを勧めたという、ワンダ曰く「彼の励ましがなかったらロカビリーを歌っていたどうか」と言っている。

1960年ワンダはエルヴィスの主演映画「さまよう青春」の中の一曲「Party」をカバーしタイトルも「Let’s Have a Party」としてリリースする。これが全米37位のヒットを放つが、ロカビリーのヒットとしてはこの1曲のみ。ワンダ以外でロカビリーを歌うロカビリー・ギャルは「女エルヴィス」として有名なジャニス・マーティン、スパークル・ムーアー、バーバラ・ピットマン、後、若き日のジャッキー・デ・シャノンはエルヴィスの「トラブル」をカバーしている。バーバラ・グリーンなどもいるが、ワンダほど知名度がなかった。

 彼女はスマートな美人でありますが、最初彼女の歌を聞いたらビックリすることでしょう。なぜって、それはハスキーを通り越してダミ声でまるでカエルの声を潰したような歌い方をします。これほど顔と声にギャップがある歌手も珍しいと思います。
Wanda+Jackson+WE.jpgWanda+Jackson.jpg

さて本題の「フジヤマ・ママ」ですが、これはワンダのオリジナルではなく、オリジナルは黒人女性R&B歌手アニスティーン・アレンですが、曲の感じはなんか、バックのコーラスがチトうるさい
バック・コーラスの「フジヤマ・ママ、ヤマ、ヤマ・・・」と繰りかすところがくどいようなきがするし、演奏自体も余計な音が入れすぎる。

そこへいくとワンダ盤は余計な贅肉を削ってすっきりさせたロカビリーになっているが、ところどころにオリジナルの雰囲気も少し残っている。
詩の内容は日本人が英語堪能だったら発売禁止になっていたような詩ですが、なんてたって日本人は英語が苦手なのが幸い?して発売されヒットまでしました。

ワンダは1959年1月30日来日を果たし、日本のロカビリー歌手との共演やTV主演など出ていました。
山下啓二郎さんとのスナップ写真などありますが、ワンダの持っているギターの名前は何と言うんだろうか?
「フジヤマ・ママ」は米本国ではヒットはしませんでしたが、国内では1958年5月頃のレコード・セールスは5位になっております。

ワンダのロカビリーを集めた国内盤「ロッキン・ウィズ・ワンダ」はダンス・パーティ、特にツイストに踊るにはもってこいのアルバムです。

尚、パール・ハーバーという女性歌手のカバーも優れモノです。
ワンダ盤で気に入ったのがありませんでしたので、パール盤で聴いてください。雰囲気としてこのようなものです。なぜかこのときのパールのヘアースタイルはロネッツみたいだ。
Fujiyama Mama

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マッチボックス・・・・Carl Perkins
盲目のブルース・シンガー、ブラインド・レモン・ジェファーソンの「マッチボックス・ブルース」がオリジナルでそれをベースにして、ご機嫌なロカビリーに仕上げた。
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カール・パーキンズはエルヴィスと同じサン・レコードの出身でギタリストでもある、ロカビリーの超名曲
「Blue Suede Shoes」の作詞作曲者。エルヴィスもカバーしたが、軍配はカールに上がるが、
エルヴィスの歌は正真正銘のロックン・ロール・ナンバー。

 「マッチボックス・ブルース」はスティーブ・レイ・ボーンがカバーし、「マッチボックス」はザ・ビートルズがカバーしヒットさせた。リード・ボーカルはリンゴ・スター。
 ビートルズはこの曲以外に「Honey Don’t」「Everybody’s Trying To Be My Baby(みんないい娘)」を取り上げている。これらの曲は「Beatles For Sale」の中に収録されている。

 カールはエルヴィスと同様南部プアー・ホワイトの出身で、エルヴィスの「ザッツ・オール・ライト」に刺激され、この様な曲なら俺にも作れるといって、「ブルー・スエード・シューズ」を作った次第・・と・どこかの本で読んだ。

 カールは黒人ブルースを多大に影響を受けた人で、ギターも彼らから教わった。
白人音楽はブルー・グラスの大御所ビル・モンローが好きだった。エルヴィスの「Blue Moon Of Kentucky」のオリジナルは彼である。

 彼は「黒人音楽(ブルーズ)をカントリー・ビートで演る」と言っている。これこそロカビリー・ミュージックだ。エルヴィスが<King Of Rock And Roll>なら、カールは<King Of Rockabilly>である。
彼をアイドルにした歌手は多いが、リッキー・ネルソンも彼に影響された一人である。

 その他の代表作は・・Honey Don’t,Pointed Toe Shoes,Boppin’ The Blues,Pink Pedal Pushers
など多数ある。

エルヴィスがRCA・ビクターに移籍した後、サン・レコードのサム・フィリップスはカールに期待していたが、交通事故でそのチャンスを失ってしまった。

 猫は最初彼のロカビリーを聞いた時、正直言ってドン臭いと思っていたが、何回も聴くうちに彼のロカビリーは彼に続く後輩に多大の影響を与えたアーティスト何だと気付いた時、とても恥ずかしく思った。

もう一回言うカール・パーキンズこそ「King Of Rockabilly」である。


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